その遥か以前となる中国の戦国時代、
(戦国七雄と呼ばれた秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓という)七つの国が敵対し、
しのぎを削っていた時代には、
やはり優秀な人材を確保することが重要課題だったようだ。
その一つ、「燕」の昭王が宰相であった郭隗(かくかい)に、
「どうすれば、優秀な人材を集めることが出来るだろうか?」と相談したところ、
宰相の隗(かい)が、やおら話し始めた
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「ある人物が『千里の馬(一日に千里を走ることが出来る優秀な馬)』を探し求め、
各地を回り3年を費やし、やっと探し当てた。
しかし、そのときには、馬はもうすでに死んでいた。
そこで、その骨を頂けるものなら頂きたいと、500両の金を積んだところ。
死んだものにすらそんな大金を払うのであれば
生きた馬ならどれほど貰えるのだろうかと噂が立ち、
すぐに「千里の馬」が見つかったという話がございます。」
「そのように、優秀なものを見つけたいのであれば、
まず何でもない、この私「隗(かい)」に高額の禄を下さることです。
『あんな隗ごときにそんな高額の禄が与えられるのなら、自分ならもっと貰えるだろう』と、
優秀な人材が集まることでしょう
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この逸話が、
『まず隗よりはじめよ』という現代に残る中国の故事になっている。
「隗」という人物の抜け目ない「したたかさ」が感じられる論法だが、
実際に優秀な人材が集まり、宿敵であった斉を滅ぼすことになった。
日本の優秀な人材が国境を越えてヘッドハンティングされて行くという話もある。
ノーベル賞を今回受賞した中村氏の青色ダイオードの発明に対する
会社からの報償が2万円だったという話もある
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